色々な披露宴
色々な披露宴

色々な披露宴

ブッフェスタイルの披露宴
カクテルパーティー

大橋宗夫さん、千世子さんの場合

これは、ブッフェスタイルより、さらに自由なふんいきで、宴会場は立食式に作られ、卓上大皿には、美しく盛ったつまみもの、料理 - 各種とりどりのカナッペや肉類、サンドイッチ、それにとり分け用の小皿がおかれ、カクテルばかりか、ビールやジュース類も好みにいただけるようになっています。
新郎新婦も、かたくるしく席にいるというのでなく、お客さまの立食の談笑のあちこちにごあいさつをしたり、おめでとうを受けたり、なごやかな風景です。そして、お客さまも一通りそろい、召上り物もゆきわたった頃合いを見て、司会者によって、媒酌人の新郎新婦の紹介、主賓の祝辞ということとなります。

お客さまは、普通の披露宴なら、時間に遅れることはたいそう失礼なことですが、これは指定の時間内に行けばよく、忙しい場合には、会場内で新郎新婦に、「おめでとう」のあいさつをして、そのまま帰ってもよいわけです。しかし、媒酌人の新郎新婦の紹介や、主賓の祝辞は伺うのが礼でありましょう。大橋宗夫さん(元国務大臣大橋武夫氏令息)と千世子さん(昭和電工社長安西正夫氏令嬢)の場合は、このカクテルパーティーを日本風にして、おすし、おでん、おそば、みつ豆、アイスクリームなどの屋台を出しました。これは、帝国ホテルの豪華な孔雀の問に、いつもと違ったふんいきをかもし出しました。お菓子は、ちょいと風変りな鯛焼き(尾までアンがあるので有名な品)二つ、紅白のお祝い紙にのせて、食べても持ち帰ってもよいようにして、と、おかあさまの満江夫人のお話。そのプログラムは案内状に次のようにしるされました。



一、日時 四月二十二日(金曜日) 午後五時三十分より同七時三十分まで
一、場所 帝国ホテル、孔雀の間
一、媒酌人御挨拶 午後六時
一、来賓総代御挨拶 午後六時二十分

以上

追て御都合四月十日までに御回報御願い申上げます。
なお御服装は何卒御自由に御願い申上げます。

なお媒酌人のあいさつを伺えない方々のたいけだはやとめ、媒酌の池田勇人氏夫妻の美しくプリントされたあいさつ状を来会者に,一同にあげられました。忙しい人には、時間が自由で、たいへんありがたい披露宴ですが、時間中お客さまの出入りがあるだけに、何百人と大ぜいお客さまをお招きしない場合は、会場がさびしくなるおそれがあります。





一人前一五〇円であげた農村の披露宴

樋口純平さん、礼子さんの場合

農村にも新風を

信州富士見町の樋口純平さんは、最初は都会の青年がやるように会費制にしたかった。けれど、これはおかあさんや親類の猛反対に会ってしまった。しかし今までのような金ばかりかかり、ただ飲み食いするだけの披露はどうしてもいやだった。結婚式も自分たちの思うようにやったので、披露も新しい方法でやりたかった。そこへすばらしい援助者が現われた。東京の国際基督教大学の篠遠喜人教授夫人のよし枝さん。夫君の郷里の人たちのためなら、何かお役に立ちましょう、村にあるものだけを使って私が作ってあげましょう、これからの結婚ご披露の何かの参考になれば、ということになり、夫人は助手を一人連れて婚礼の前日の三月二十四日、樋口さんの家に出かけて、(前に一度訪問して材料や献立を相談) 六〇人分のごちそうを、たった二人で当日の昼ごろまでには、みんながアッと驚くほど見事に作り上げてしまいました。一五〇円のごちそうなんてと、はじめは家の体面上どうしても承知されなかったおかあさまも、この見事さにほっと安心のご様子㍉お客さまもお手伝いの方々も、同じ材料で、こんなにりっぱにおいしくて、いい勉強になったと大喜び。

お祝いの会のプログラム

式がすむと、青年たちの手で、座敷にはすぐテーブル(公民館から借用)が「コ」の字形におかれ、ごちそうが次々と並べられました。モーニングを背広に替えた新郎、振袖を訪問着π着替えて近所回りして来られた新婦、親類友入一同着席のうちに、司会者のことばによってお祝いの会は始められました。そのプログラムは、しあわせの歌の合唱、記念品の贈呈(友人、青年団、親類より)、乾杯(純平さんの名付け親)、お祝いのことば(友人)、演芸、万歳三唱、閉会のことば、以上。

篠遠夫人のお祝いのことばなどもあり、農村に珍しい見事なごちそうが、ほんとうに花のようにきれいに並んで話題もはずみ、はなやかな盛り上がった披露宴でありました。その後、このごちそうは村の人たちにたいへんな感銘を与えたという、純平さんの便りでした。