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祝福に満ちたティーパーティー
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式のニカ月前から準備
準備と費用
式のニカ月前から準備
典子さんは二年前婚約式をあげた同窓(国際基督教大学)の荒瀬さんと、典子さんの卒業の翌日(今春三月二十二日)に式をあげる約束でありました。具体的な計画は二ヵ月前から立てて、先輩と友入四名の方に発起人となってもらい、いっさいの世話をしていただくことになりました。第一回の打合せを一月中ば荒瀬家で開いて、だいたい決定した後は、運営の混乱を防かわつぐために、命令系統を一本にと、友人河津氏と典子さんの二人以外は絶対に話を通さないことにしました。典子さんは郷里が長崎で、第三女子寮におられたので、同学年と同じ寮の方々のあたたかい応援がありました。
印刷関係
①結婚式へこ人からの招待状一二〇〇円(紙代、印刷費を含む)
②披露宴へ発起人からのお誘い状一二〇〇円(紙代、印刷費とも)
③出欠席の返信用ハガキ(白力ード)二○○枚、三〇〇円
④式のプログラム三〇〇枚、一〇〇〇円(ガリ版刷り、知人依頼のため市価より安い)
⑤雑費サインの紙代、マジックインクなど四〇〇円
⑥角封筒二〇〇枚、二六〇円
⑦切手代返信用ハガキの分を含めて七三一円(できるだけ手渡した).
合計五〇九一円(これは六〇〇〇円の予算でご両人からの支出)
印刷物は一週間かかりました。返信用ハガキは印刷すれば表裏の二版になるので、友人二、一〇人で三日間で書き上げ、角封筒の宛名書きも友人総動員で三日間。
発送は三月一日。
プログラムの進行
第一回の会合で、司会は先輩の松永氏に決定、スピーチは長くなっては困るので六人とし、その間に典子さんの教会の生徒の遊戯を入れる。
収入
参会者一人の会費二〇〇円、夫婦は一組を原則としてご○○円、会費の入金合計二万五〇〇〇円。ご両人からウェディングケーキ代99 ドリるとして四〇〇〇円、印.刷代の残余分一〇〇〇円、合計三万円。
支出
菓子代・二万五〇〇〇円(ウェディングケーキ、紅茶、クッキー、おつまみを含めて)記念品代四〇〇〇円(本人の希望で本棚を賭る)ハイヤー七〇〇円(一時問の予約)合計二万九七〇〇円そのほか雑費も少しあうて、二〇〇人の盛大なお茶の披露宴は、お祝い品も入れて、三万円に一〇〇円の残金ぶありました。祝福に満ちた披露宴
典子さんの気持
典子さんに、そのときの気持をそっと聞いてみましょう。
それはほんとうにしあわせな日でした。神様ガその日、特別の祝福の花束を私たちの上に投げてくださった・:・そんな気がしてならないのです。私たちが長い長い間待ち、ひそかに期待して心にえがいていたよりも、もっとすばらしかった一九六〇年三月二十ご日でした。
それは三月の太陽がキラキラと暖かい光をなげる日でした。武蔵野の林の梢はもうふくらんで、生命に息づいていました。、その前日ICU(国際基督教大学)を卒業したばかりの私は多忙でした。その前から、卒業論文のこと、就職のこと、新しい住居のこと、卒業の諸行事のこと。それに結婚のことと、息をつく暇もないほど忙しかったのです。でもその日はやって来ました。
その日は朝早く起きて、寮の荷物の整理でした。・私はコマネズミのように働きながら、「だいじょうぶかしら::」と、心配していました。けれども、そのときはやって来たのです。気がついてみると、私は寮め一室で、ウエディングドレスをつけ、べτルをかぶり、友の作ってくれた花束を持って立っていました。友だちがみんなお化粧をしてくれ、着付けをしてくれたのです。そして、そばにはブライド・メイド(花嫁付添い)として、親しい友が11人、かわいいドレスを着て、スイートピーの花束を持ってほほえんでいました。母がうれしそうな、さびしそうな顔で私を見つめていました。
午後二時、私は教会堂の前に立ちました。ここは昨日卒業式のあった場所です。私は父に手をとら九、入口の扉の前に立ちました。おとうさまに手をとられて教会堂入口の典子さん二十二年問いつくしみ愛してくれた父は、花嫁姿の娘の手をとって、どんな思いだったでしょう。やがて扉が開かれ、先輩がひいてくださるガルガンのウェディングマーチが教会堂いっぱいに響きわたりました。白い布の敷かれた道を、父と歩きながら、その長い道の向こうに彼がじっと私を見て立っているのに気がつきました..
聖壇の⊥では、無我夢中でした。それでも牧師先生の力強いお声が、.二人を夫婦であると宣言されたのははっきり覚えております。ああ、私たちは神と人との前で、死が二人を引き裂くまで夫婦であることを誓ったのです。そこには喜びと決意だけぶありました。帰りは、二入は腕を組み、喜び勇んでウェディングマーチに送られなぶら、飛ぶように出ていったそうです。写真を写す暇もなかったと、あとで友だちが言っていました。
恩師や友だちに用意された会場このように感激に満ちたお二人を迎える披露ティーパーティτは、お友だちによってすっかり準備されていました。
写真でごらんのように、上座の新郎新婦のテーブルにはウェディングケーキ、これは、高く何段かに積み重ねたのと違って、一つずつが同じ大きさに切れるように、美しくデコレーションされ、おご人の頭文字がくっきりと浮かび、その周囲はストックや黄水仙などが溢れるような美しさで生けられています。申央には、長いテーブルにまっ白い布が敷かれ、手前と向こうにホステスが着席、その前に紅茶の茶わんが重ねられ、スプτンが何か美しいアクセサリーのように銀色に光り、中央にはスイートピーやラッパ氷仙、その他美しく飾られたテーブル。手前と向こうにホステスが二人いてお茶のお世話をします。
季節の花がにおうばかりに生けて、あり、その前に、おつまみの菓子やレモン、砂糖やミルクが自由にとっていただけるようにおいてあります。また、ところどころの小卓にも花が飾られ、お菓子がおかれてあります。この美しい花は、教え子のために、湯浅総長夫人と篠遠教授夫人の心づくしの贈り物で、お二人が午前申かかってお生けになられたものと伺いました。
二〇〇人近いお客さまぶ、ホステスのつぐお紅茶を順次にとって、好みに砂糖やレモンを入れ、立ったまま、またはいすにかけてお菓子をいただく中を、新郎新婦は、記念撮影後の興奮のさめやらぬ顔で入場されました。いっせいに拍手のあらしです。やがて司会者のことばによって、宴は始まりました。お仲人役の大内博士の二人のご紹介、恩師、先輩、友人の祝辞。花嫁は、中途で白いウェディングドレスを和服にお召し替えです。
典子さんの教える教会の幼稚園の園児たちの寸劇「白雪姫」は、ほんとうにかわいく、楽しいふんいきでした。夫は妻をささえ、いたわり、妻は食事の初穂を夫にささげるという熱い祈りをこめて、お二人でナイフを入れたウェディングケーキ(多人数なのでこれは別に人数分を用意しておいてある)をみんながいただいているとき、祝福と励ましのつもりだと、正彦さんの仲間たちがいっせいに新郎を胴上げ、花嫁もあちらこちらと席をまわって、祝福のあらしーこうして感激の申にレセプションも終りに近づきました。ホールの前で全員記念撮影の写真をとったとき、花嫁が「これから、私の花束を投げます。これを受けとられた方には、きっとよいご縁があるでしょう」と、うしろ向きにポーンとほうり上げた。若い未婚の方たちは大騒ぎ。ところが、その花束をつかんだのが新郎の後輩で、昨日新婦の友人と婚約したばかりという方、この方がまた向こうにいるフィアンセにぽいと投げたので、ここでもまた拍手
のどよめきが起こりました。
新婚パレード
このあと、新宿の中村屋で、親族だけの夕食会を共にされることとなって、四〇人ばかり、バス一台借りきりでお出かけ。ところが、ホール前からバスまで、お友だちがさっと手をつないで、アーチを作ってしまいました。この中を、ご両人が手をとり合い、背を丸めて歩く上から、花束やお米がバラバラと投げつけられて、花嫁が悲鳴をあげる、花むごさんがそれをかばう、みんなますますワイワイはやし立てます。
バスの窓という窓には、いつのまにか「新婚ホヤホヤ」「ゴンベ、ネコ」(二人の異名)「オメデトウ」「ジャストマリッ、ドー\"」「お幸せに」などのいたずら書き、そればかりか、バズの車体はすっかり花でおおわれ、後尾には荒なわであきカンや古ぐつがしばりつけられ、引きづられているのでした。
この「お熱いデス」の花バスほ、校門を出てから吉祥寺から明大前へ抜ける水道道路を通って、甲州街道を新宿へひた走る道すがら、いろいろな車のドライバーや、トラックの人夫、さてはバス停留所の行列の人たちから、ゴー・ストップのおまわりさんにまで冷やかrされたり、拍手をされたり、そして新宿の中村屋の前で、ヤレヤレとしたところへ、物見一高いヤジ馬が、ワッとばかりバスをとり囲んでしまうなど、大騒ぎの新婚パレードでありました。
やがて楽しい夕食会も終わり、典子さんのご両親の滞在の四谷の宿で、この日のために作ったおそろいのチェックのスポーツシャツに、赤いネッカチーフをのぞかせ、まっ黒のスキーズボンにさっそうと身支度をして、ザックとスキーを肩に、白銀の世界に、ニ人の門出がよいすべり出しをするようにと、妙高高原での三日間を過ごすべく、上野駅をたって行かれました。
友人河津氏の感想
この結婚式から披露宴について、最初から相談を受け、ここまで運んでこられた新郎の友人の河津氏は次のように語られました。「この結婚式全体について感じ光ことは、絶対的に結婚するご人ぶ中心だったことが印象に残ります。招待者のほとんどが、両人かそのどちらかをよく知った人で、皆が心からの祝福をご人に贈ったということです。このことを事前によく理解されたご両家の方タにも頭ぶ下がります。
その後、二人も私によくこう言うのです。心からの祝福という竜のがどんなにうれしいものかということをほんとうに感じた、これのない結婚式は、どんなにぜいたくにしても味気ないものだ、と。
それは、この二人だけでなく、出席した人の大多数ぶ藤じどったことと思います。そして私も、この結婚式でいちばん大事な、もの、またひいては、人の世でいちばん大事な電のを見たような気がしました。
新郎の胴上げ、退場のどき自然にできたアーチ、バスの落書き、花飾り、これらのどの一つも、発起人のほうで計画したものではありません。友人一同の心からの祝福が、あのような盛り上がりを作ったと思います。ほんとうにうれしさではち切れそうな二人を、そっと眺めていた両家のご両親が、私のそばへそっと来て、ことばにならぬ感激をこめて、ほんとうにありがとうございました。こんな感激した結婚式ははじめてです、と感激されたとき、私もうれしさでいっぱいでした」
お茶とお菓子だけの二〇〇円会費の披露ながら、心からなる祝福が、どんなに人生で尊いかを、新郎新婦ばかりでなく、参列者の一人一人の胸に、あたたかく思い知らせてくれました。
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